◎E9(Eg)初期設定版のイラスト。書き下ろし;
(クリックすると拡大されます)
上のE9の解説ページをUP後、勢いで比較画を描いてみた。こんな感じです。各デザインはある筈なのですが、頭身比較画は昔から無かったので。
プロポーションの取り方が85年当時と今ではかなり変わっているので全然体格が上の絵とは違ってるんですが、ディテールは当時のまんまです。最近は「リファイン」とかはありますが、そうじゃなく、当時デザインのまんまで描き起こしてみた、って感じです。下腕部分だけ上のラフ案と複合にしてあります。あとは腰関節内とひざ関節内だけ変更。
意識が自省的になるか、そのエネルギーが他者に向くかで、少年体とバトルモードの区別ができる・・・というのは、97年版と全く同じなのですが、変形パターンが瞬間移動的異次元的物質変換的(要はタカラサイボーグのアンドロイドAみたいなもの)である97年版に対して、あくまでも85年版は物理変形的イメージです。だからちゃんと変形パターンがあります。
変形パターンは、
・目にバイザーがおちて遮光シャッターが閉
・胸部ミラー収納(ミラーで他者の心を読めるために、邪心のある大人たちとはつきあえず、
結局子供の相手をするしかなくなってしまったという設定。収納はダンバインパターン)
・下腕部、各足部、胴体部伸長、腹部コーン開放、向うずねのターボインテイク作動
という感じです。
通常モードの背丈が172cm位。変形後が約2m位。パーツ伸長してもそこまでいかないので多分各パーツがボリュームUPしてしまってる。
この頃は少年体でもマスクをしています。「仮面少年」ですね(高橋葉介氏のマンガのタイトルのインパクトから、なんか全く別のことを考えたんだと思う)。で、マスクの目がエ○ガイム的というか、オ○ジェ的になってるのは・・・やっぱN氏の影響が強いんだろうなぁと思うわけですが。で、変形すると鼻も完全に見えなくなって、ウ○ングマン的顔になるわけです。うひゃあ
両足のローラースケートは片側が6輪、両足で12輪ですが、97年版では当然インラインローラーに変わってます。
こうして見るとガイバーとかイクサー1(←多分顔の元はN氏のファティマの原型、マリアから)に似てるとも思う。ていうかかなりデザインは違うんだけど、影響を受けてるんじゃないかという意識から、相当悩んだってのはあります。僕がEgを厳密に描いていた時期がいつ頃だったのは微妙。受験期だったのでよくわからない。
特徴としては、左耳が1オクターブ音階の鍵盤になっている事。会話をするときに感嘆符的にハーモニカ的音声をならす分分で・・・(未知との遭遇的)、なんとなく「のだめ」を見てて思い出したので、このデザインを描きなおしてみたってのもあるわけですが。・・・幼稚園児と遊ぶのがぬいぐるみとかでなくて、こんな物騒な宇宙人だってのが、僕の僕たる・・・(;;)
実は首は後のシャドームーンの形状と同じ。
・・・変形デザイン的には破綻はしていなかった筈なのですが、結局ボリューム的に細身の少年体から細身のバトルモード(青年体)に変形するというのは当時でもなんか変だな(玩具なら多少のプロポーション破綻なら問題ないにしてもどうせ同人でしか描く気はなかったし)と思ってたわけで、でもそういうのが当時はなんとなく納得いかずで、延々書き直したり設定変えなおしたりしてたって感じです。
一番気にいらなかったのは、こめかみ回り。左向きの場合、向かって右の部分は描き易いんだけど、背後との境界にあたる左のこめかみがどうにも描き辛くてストレスたまってデザイン的に気にいらない。そんな事をうんうん思いながら描いてた気がします。
今だったら多少太めのこんな少年体でも許せる気がする。バトルモードも後のエ*ァ的プロポーションの85年版よりは、こっちがいいかもしれない。デザイン的にはこれでも出来ていると言えば出来てるわけですが、やっぱり自分が今描いてるのとは、デザインもプロポーションも、趣味的に違う。それでもこれがなければ、後のE9は全部ないんだよね。
まぁ、自分にとっての85年E9はこんな感じだった、ということで。 (2007/1/20)

◎ E9最初期ペン設定(Eg9000) (1985年)
で、E9最初期のペン設定をUP。原稿そのまんまではなく、UP上必要の無い部分を色々消してます。
最初期は「変形する」という設定はあったんだけどそのパーツ別のマージンというかリーチを決めかねていて
結果的にこのペン設定のプロポーションが後の青年体に、デザインはほぼ少年体に移行しています。
この頃にスタイルなど(クラッシャー的な頬の切れ込みだったり、太ももの盛り上がりだったり)は後の某エ●ァにつながるようなモノはほぼ入ってると思います。
ただ、個性的スタイルであまり前例が無かったのは事実ですが、自分が想定してた性格と顔などの雰囲気が違ったので、色々と停頓した部分があります。
自分的には最近のE9系デザインの方が良いと思います。最近の方がちゃんと性格や内面の表現がデザインでできてるので。
こういうダンシングスタイルなのは元々劇中でローラーディスコシーンがあるからで(97年の個人誌版でも出かける直前シーンはある)
その設定からです。つまりE9は割とストーリー先行だったんですが、右上に「ULTRA SE●EN CITY」とある通り、
ウルトラセ●ンの劇中に出てくるような町を舞台にする予定で、でも結果的に宇宙人である彼=Eg(E9)がたたかう事になる相手は、
宇宙人や怪獣では無く、恐怖独裁支配をしている未来日本の暗黒政府だった・・・というディストピアものに決めました。
この最初のE9についてはそういうストーリーである、基本的に彼は幼稚園に居候している、等の設定もこの当時から決まっていて、今後も変わりません。
(2021_4/10 4:34)
(※ 上記設定については1997年版の個人誌版Egも基本的に同じ設定で書いています。
他のEgについては別ストーリーです。 2021_4/10 19:55)
(※ いわゆる某エ●ァについては自分が見たのは90年代の映画が最後で(春映画は見てない)、近年の新作映画やコミックなどはほぼm全く見ていません。
某シンエ●ァについても見る予定は無いです。自分にとっては全く意味が無いので。
これはテーマ的にもデザイン的にも脚本演出的にも全ての意味で言える事で、
例えば自分の場合、父もそうですが、家族にハンディキャップもあるわけですが、家族と離れる事はできない立場だったし
でも何と言うか割と早い時期に自分は家族とずっと付き合い続ける(ながら創作を可能な範囲で続ける)考え方を決めなくちゃならなかったし、
それはエ●ァを作ってるような人々(いわゆる集団製作で仲間としか作品を作らない人々、個人芸術とかではなく集団芸術)とは全く完全に異なる考え方です。
父子母子の付き合い方でも、男女の付き合い方のテーマでもそうなんですが、そういう意味でもエ●ァという作品は、僕には意味が全くありません。
まぁ彼らはお金持ってるし。中には離婚経験ある人もいるようだし、
お金持ってる人の考え方や結婚しても離婚しちゃう人達の考え方とか、僕には解りません。業界人全般に言えるけど。
(そういう人々全部を軽蔑するってのでは無いので念の為。そうじゃなく自己テーマの問題。)
僕から見れば、エ●ァは80年代の僕のこういうEgやNBTやラップガードなどの作品群と似ているけれど、
テーマが自分とは異なってしまってるので、テーマ中心に作品を作る自分とテーマそのものが違うわけなので・・
デザイン云々って意味でもその他のテーマでも自分とは主張が全く違うと解っているので。(2021_4/10 20:06)
シンウ●トラ~については、成田夫人が観て良い作品だったと思える映画なら、それが一番良い、という考え方です。
自分自身は、現時点では絶対見なければならないとは思っていません。観るかどうか正直まだ決めていません。(同 20:25)