月の光
~自作童話集~
森本浩司
高岡市のN町小学校で、ボクは小学6年の頃「自作童話クラブ」に入ってました。
「タマゴちゃん」
も例なのですが、幼稚園、小学生と
クラス演劇や学年の歌唱劇で色々演ずる事が多かったので
(歌唱劇の「泣いた赤鬼」では主役をやって、劇が良かったと新聞にも掲載されました)、
自分でも何か物語を作ってみたいという気持ちがあったのと
当時小6の前半期は生徒副会長をやっていたので、ちょっと息抜きがしたかったので
自作童話クラブに入っていた、という感じです。
その頃2作品書いていて、以下は後に書いた(2学期の頃?)の作品です。
一応原文まま。
(画像は少し前からサーバーUPしてたんだが思う所あり遅くなった;)
小鳥のハッピー
森本浩司
ハッピーとバドーはつぐみ科のルリビタキという小鳥でハッピーは女の子、バドーは男の子です。
今は森の小学校で学芸会をしているのですが、急に二人がけんかを初めました。今からそのわけをお話しましょう。
ゲームの中でものまね競争というのがありました。かりもの競争のようにカードを取り合って、書いてある鳥のものまねをし、早くやり終わった人が一位です。
でも、ハッピーは「インコ」というカードを引いてしまったんです。けっきょく、人間のものまねもすることになり、うまく言えなかったのでバドーは、
「おい、おそいぞ!早く言えよ。」
と言ってしまいました。それでけっきょくはけんかになったのです。
「なんだよ、はねひっぱって!」 ポカッ
「うるさいわね!文句ばっかりつけて。」
「おまえなんかもう絶交だ。」
「ええっ。こっちこそ絶交よ。」
ほら、ものすごいでしょう。でも実は、後で二人とも『シマッターッ』て思ったんですよ。
次の日バドーは家の中の物を小包にしてしまい「森のゆうびんきょく」へ届けました。
「オーストラリアのあったか町へお願いします。」
ちょうどそこへハッピーがやってきました。なんにもしないで通りすぎようとすると、
「なんだい。さようならも言えないのか。」
そうバドーがいいました。もちろん急にそんな事いわれてもさようならの意味なんてわかりません。それまではゆるしてあげようかなあ。と思っていたんですけどね。
次の日バドーはいなくなってしまいました。
それにしてもハッピーには、バドーがいなくなった訳がわかりません。
みんなは知っているらしいのだけど教えてくれないのです。
……甲虫君はそっぽむくし ちょうさんも顔を合わせたがりません。
ハッピーはこう思いました。
バドーがいなくなってからほんとにつまらないわ。けんかなんかしなけれゃよかった。
でもいまとなってはおそすぎます。
そこへ、「五本足のセミ。」が飛んで行きました。なぐさめてあげようと思ったようです。
「しっかりしなけれゃだめだぞ。仲間外れにされたくらいで。」
「どうしてみんな私を冷たい目でみるのかしら。」
そうハッピーは言ったのでセミは、
「それは、みんなバドーが森から出て行ったのをハッピーのせいだと思っているからだよ。
ほんとはバドーは巣穴をキツネに見つけられたんでオーストラリアに行ったんだよ。」
それを聞いてハッピーは安心しました。
母さんに聞くとバドーはお父さんもお母さんも死んでしまったのでひねくれたんだそうです。
冬ごろ、ハッピーの一家も南の国に帰りました。
一年後…………
ハッピーは大人になって森に帰って来ました。
「バドーは帰ってきてるかしら。」
ハッピーは、オーストラリアから帰ってきた群の中を飛び回りました。
オオルリ、キビタキ、サメビタキなどたくさんいましたが、ハッピーは一ぴきだけ。目のさめるような青い洋服を着たバドーを見つけたのです。
二人はよろこんで森中を飛び回りました。
今、二人は小さかった時のこと、子供の時を思い出していました。
ハッピーは『幸福』という意味です。
この二人はいつまでもこの名前の様に、幸福に暮らす事でしょう。
(1979年作品)
というお話です。
実はこの自作童話集をこの間見つけた時に、ウチの母に読んで聞かせたんですが、もう笑っちゃって(^^);
なんでと聞くと、なんていうか再会後すぐ仲良くなるのね(笑)と。すっとばしてると。要するに超展開だみたいな。
それでもぅけらけら笑っちゃって、こっちまでつられてしまいましたが(^▽^);;
ていうか確かに突っ込み所満載なんだよね(笑)。大体ルリビタキってのはユーラシア大陸にしか生息しない。
オーストラリアに渡るなんてのは基本、無いんです。でもまぁバドーの場合はみなし子になってしまったから、
別の鳥たちの群れに過酷でも付いていきたくなったのかもしれないですが、それでもハッピー一家まで南に渡るのは変だろうと。
要は自分はビジュアル的イメージで図鑑かテレビなどでみたルリビタキを主人公にした話を作りたかった。
ただそういう動機だったから、いわば生態の事まで頭が行かなかったんですね。
実際現在でも児童書とか童話ってのはその辺考証にめっちゃ厳しいらしく。
プロ的には全く通用しない内容だよね。でも好きなのでここにUPしますが。
というかでもなんていうか、自分の場合は幼児の頃から転勤族だから、こういう感じでクラスメイトと別れる事もないではなかったわけで
生活だの身体のコンディションだの向き不向きに一切関係なく、転校する時はしなきゃならなかったし。、
小学校4年の時に高岡市に転校する時も、北浦和の小学校の子たち(男子も女子)とは、小4のクラスの子達にはお別れ挨拶できたんですが
小3当時クラスの子達とはクラス変えになってるので、みんな探してまでお別れ挨拶は言ってなかったし。
というか、再会できるかも自信がなかったし(ほぼ別れたっきりである)、お別れ言うとほんとにお別れになりそうで寂しい。
それでお別れ言わない、ってのは普通にあったわけ。だから「別離」自体をテーマにしたくて書いた自作童話だったんですよね。
この童話はなんだかんだで気に入っていて。やっぱり作家だなと。なので今回も行間空間を除き一字も変えてません。
「小6当時のオリジナル性を尊重し」 って事です。
あと、両親が死んでしまったからひねくれたという表現も、読み返してみると良くないなと。
親を失ってもひねくれずに頑張った人たちは一杯いるよなぁ・・・。でも、この話では
バドーは立派になって成長して返ってくるわけなので。
それぞれが頑張っていたならいつか成長するよ、って楽観的な話なんだよね。
長々書けないから暗喩で済ましてるところは多数存在する。五本足のセミが助けてくれた理由も
つまりハンデもあるしいつまで生きられるか解らないけど、ハッピーよりは年長だし
ハッピーを助ける言葉を伝えたいと思って声をかけたんだ、という設定なんだよね。
で、ハッピーもこのセミを食べたりはしていないわけだし。リアルに野暮を言うとキリがない。
自作童話部の事についてもう少し書くと、ボクの小学校の部活って色々あって、
小学5年の頃は放送部をやっていて、当時小学校には珍しかったテレビ放送があったんですね。
で、もう巨大なカラーテレビカメラが2台もあって、テレビカメラをコントロールする放送ブースもデカい一室があって
それらを小5でコントロールして校内放送やって各校内テレビ番組を作るわけですが(クイズ番組など)
それをやってる内に、校内で朗読するようなお話作りを作りたいみたいな事にどうも興味が向いたらしく
それで自作童話クラブになぜか入ってしまった、というわけです。当然人数少ない。全部で10人前後だったのでは。
で、学校の先生の指導の下、前期で1話、後期で1話を作るんだけど、やっぱり低年齢向けを志向して書くように
誘導されていくというか、、だってマス目原稿用紙で書いて童話集にする自体、ビジュアル性も何も要求されてないでしょ?
だから絵がほんと適当になってる。ルリビタキが成鳥で色が変わるからこそ話の効果があるのに、
情景4枚の指定でその情景が地味になるからって、最初から色が派手だからね・・・バドー君・・・。
でもそういうビジュアル系を要求される童話や絵本の作り方もあるわけで、
そこをちゃんと基準にしていれば、ちゃんと童話本として成立したのかな、と。
いずれにしてもボクの創作は、ベースが常に個人で個人誌化するんですよね。で、体験上のテーマで、
本当の所は創作は常に実体験上のゼロベースから始まってしまう。
ボクの場合は児童会の副会長兼任で、しかもタマゴちゃんみたいなのも描いていて、
普通に青少年向けの漫画やアニメやドラマや特撮や映画を、マジ大量に見ていたし、頭の中では青少年志向になっていて、
だから童話なんだけど、少し大人っぽい話になっていたりする。
再会して行き違いあった女子とそんなに簡単に仲直りできるか?・・・できないよねーーっっ!!
そりゃ1年くらいならハッピーとバドーみたいになんとかなるかも知れないけど、数年や
十年以上じゃそんな簡単に仲直りはできないんじゃないかな、、、お互い元気でいてね、ってそれが一番かもしれないし。
高岡の小6当時は「タマゴちゃん」などのクラスメイト向けSF漫画も5年に引き続き描いてましたが、
N町小学校の学区では毎年夏に「仮装行列」があって(笑)。藤子不二雄のお二人の出身地だから
漫画やアニメに理解のある市内だったんですよね。で、自分の場合、転校したての小学4年の時はオバQ、
小5は清水市に観光に行った時に買った三度笠などを使ってストローくわえて木枯らし紋治郎、
小6では通学用の黄色いヘルメットに黒ビニールや厚紙など延長で貼り付けて作ったヘルメットに、
黒ビニール+赤い布?と胸のバッジを紙工作して、「パーマン1号」の仮装をしてました。(79年夏)
そのパーマン1号は今でいうコスプレみたいな仮装で、完成度高かったので
生徒たちがみんな集まる学校正門前の青年団のお兄さんに「こら、誰だよホンモノ連れてきたのは!!」って叫ばれた(^^)
結構好評で子供たちのお母さんたちからも写真撮られたんだけど、その時の仮装コンテストで一位(一応ある)を取ったのは
アニメ開始前で人気あった「ベルサイユのばら」のコスプレを、母二人娘二人の4人合わせでやったチームで。
ボクのクラスでいつも成績1位の女子だっけかな(男子ではボクが1位だが)、その友達女子、で、
その友達女子の母親が洋裁店経営してるお母さんで。「惜しかったなぁ」と言われたけど、プロには勝てないよ、みたいな。
そんな事もあったかな。それなり楽しかった(^^)
で、その、再会した時にきれいな服を着ている、というのは、自分のファッションとか自分はあまり考えないんだけど
さすがに学区定例行事で仮装行列があると、ファッションみたいな事も少し考えるわけじゃないですか。
当時はGジャンにジーンズで、まんまミクロマンのあきら君のブルー版か、
母さんが好きで買ってくるロンドンっぽい私服をなんとなく着てた気がしますが、
自分で自分のファッションはやっぱり考えません。
(いまだに。キリがなくなるので)、そういう再会した時にきれいな服を着ていたいな、という気持ちがその頃はまだあったらしく
それで幼鳥が成鳥の姿で美しく変わるルリビタキを主人公にしたのかな、とか思いました。
いや、ルリビタキ、フツーにきれいな鳥だしね!!いま割とブームだけど!!
それで思い出してこのページをUPしてみました。
で、今のボクが自分のファッションを考えるか?といえば・・・からっきし!!ですねーーーっっ(^^)!!:::
子供の頃から全然変化ない。カジュアル一辺倒だったりして。
(※ このページは特殊更新予定ありです。絵を描きなおしてます。)
(2025_4/25~6/14 Kohji Molimoto)
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